Roland αJunoのHPFについて

αJuno-2のユーザマニュアルによると、αJunoの音源のブロック図は以下のようになっています。
HPFがDCOとVCFの間に挟まっています。
これは、αJunoの1つ前の機種であるJuno-106の操作パネルのイメージそのままです。

alpha-juno-2-diagram.gif
juno-106.jpg

ですが、整備用マニュアルに載っているブロック図によると、実際の構成はちょっと違っていて、HPFはVCAとChorusの間に挟まります。(2021/11/17のこのYouTube配信によると、エンベロープで低周波が発生する可能性があるため、HPFはEGより後段にあるのだそうです。)

ブロック図全体は以下です。
HPFは中央右端にあります。

alpha-juno-2-diagram2.gif

図の右上のあたりを拡大すると以下のようになっています。

alpha-juno-2-diagram3.gif

図から分かるように、αJunoは6音ポリフォニックですが、HPFは1つしかありません。
効果は6音を足し合わせた後にかかります。
当然、モジュレーションをかけることができません。

図の下方から「A,B」という2本の制御信号がHPFへ入っていますが、これは2ビットの情報で、HPFの設定を4種類の中から選択することができます。

JunoシリーズのHPFで面白いのは、HPFといいつつ「低音ブースト」の機能があることです。
HPFの設定値は「0, 1, 2, 3」から選択するのですが、0を選ぶとHPFではなく低音ブーストになり、1を選ぶとバイパスになります。
切り替え式のアイソレーターみたいな感じですね。

このあたり、開発者の方の意図は以下のようなことだったそうです。

1オシレーターでいかに音に厚みを出すかというのが、JUNOシリーズ開発の一番の目標でしたね。そのためにコーラス機能を付加したり、ハイパス・フィルターがかかっていない状態だとローが持ち上がる仕様になっていたりといろいろ工夫をしています。ですからハイパス・フィルターを0から1つ上げた設定が、実はフラットなんですよ(笑)。

Roland – Roland Boutique 製品開発ストーリー #2

このHPFの実際の回路も、整備マニュアルに掲載されています。
下図のような回路です。

alpha-juno-2-hpf.gif

図では右側のオペアンプ部分にHPFとありますが、この部分はR19とR20からの信号の加算回路です。
C10、R18はローパスフィルタを構成していますが、カットオフ周波数を計算すると(f=1/(2πRC))33KHzくらいになりますので、高周波ノイズをカットする目的と思われます。

実際のHPFは、4052の左側のコンデンサとR20が担っており、コンデンサの切り替えは4052が行っています。
4052はアナログ信号のマルチプレクサが2つ入っています。
4つの入力[X0, X1, X2, X3]の中から、[A, B]の2ビットで指定された1つだけが、XCへ出力されます。
Y0~Y3およびYCについても同様です。
セレクタ[A, B]は一組しかありませんので、X系統とY系統は同じ番号の信号が選択されます。

この4052周辺の回路を模式的に書いてみると、下図のようになります。

alpha-juno-hpf2.gif

4つの設定のそれぞれの場合の信号の流れ方は、以下のようになります。

[3]: 入力信号→コンデンサ(0.0047uF)→X3→XC→出力信号

[2]: 入力信号→コンデンサ(0.015uF)→X2→XC→出力信号

[1]: 入力信号→X1→XC→出力信号

[0]: (入力信号→X0→XC)+(入力信号→Y0→YC)-(YC→コンデンサ(0.1uF))→出力信号

コンデンサを信号が通過するときは、ある周波数以下の信号が通りにくくなる効果があります。
この周波数は、容量が小さいほど高くなります。
従って、[2]より[3]のほうが、より高い周波数の信号だけが通過できることになります。XCの先はR20(47KΩ)で、その先はオペアンプの加算回路でYCの信号とミックスされています。C6・R20によるHPFのカットオフ周波数は720Hz、C5・R20によるHPFのカットオフ周波数は226Hzと計算できます。

一方、[0]の場合は、逆にコンデンサを通過できる高い周波数の信号はアースへ捨てられ、コンデンサ(0.1uF)を通過できなかった低い周波数の信号が、X1→XC→R20経由の出力信号へ加算されますので、ロー・ブーストの効果が出てくることになります。R11(27KΩ)・C7によるLPFのカットオフ周波数は58.9Hzと計算できます。加算回路では、R20が47K、R19+R11が37Kですから、ロー成分が最大で78%ほど上乗せされてくると思われます。

普通なら3段階のHPFにしてしまいそうなところを、ローブースト+2段階のHPFにしたところがミソですね。
RolandのJunoシリーズはもともと普及価格帯をターゲットにした製品ですので、コストをかけられなかった中で少ないパーツで工夫して音のバリエーションを増やそうとした苦労が偲ばれます。

ちなみに、前機種のJuno-106では、HPFの回路は以下のようになっていました。

juno106-hpf.gif

コンデンサを切り替えてHPFを構成しているところは変わりませんが、マルチプレクサは1系統のみで、αJunoとは逆に入力信号がYCへ来ています。
また、高域をカットした信号がオペアンプによる増幅回路に入力されています。R22とC8はLPF(カットオフ周波数=338.6Hz)を構成していますが、R22と並列にC9が入っているので、C9を抜けられる周波数帯(LPFのカットオフ周波数より上の周波数帯)はLPFをある程度(0.01/(0.01+0.047)=17.5%)バイパスして来ます。その信号はR24を通って加算回路へ入力され、R25の信号とミックス(R24側:R25側=47:220 ≒ 0.21:1.0)されています。
これによって原信号よりもローが増幅された信号が原信号に加算されていると思われます。この部分の回路はBPFをLPFに接続したlow-shelfフィルタだそうです。こちらに解説があります。
αJunoでは低音側の増幅回路はありませんが、残り1系統のマルチプレクサをうまく使って増幅効果を出し、オペアンプ1/2個分を節約しています。

なお、以下の記事によると、Juno-106の前機種であるJuno-60では、HPF回路はローブーストが無く、3段階(C=0.022uF、0.01uF、0.0047uF)の切り替え式になっていたようです。

Sequence 15: Why does the Juno-60 sound different from the Juno-106?

ちなみにJuno-60のさらに前、Junoシリーズの1号機であるJuno-6では、HPFはスライダによる無段階設定になっています。Juno-60で音色をメモリーできるようになり、その際にHPFの設定を2bit4段階で記録することにしたのではないかと思います。

下図はJuno-6のHPFで、OTA(IC1)を使った可変フィルタとなっています。詳しくは調べていませんが、基本的にはRCパッシブフィルタと似た感じで、OTAがR相当となり、C1(0.0012uF)とペアでフィルタを構成するようです。

juno106-hpf.gif

最後に、αJuno-2でのHPF周辺の基板パターンと実装イメージも載せておきます。
コンデンサは音質に直接影響するパーツですが、HPFに使われているのはフィルムコンデンサ(マイラーコンデンサ)のようです。

基板パターンまで整備マニュアルに載っているのはすごいですね。
KORGのmonotronシリーズが回路図を公開して注目を集めたことがありましたが、入手できる情報の面白さという意味ではαJuno-2のほうが上かもしれません。

alpha-juno-2-hpf3.jpg
alpha-juno-hpf4.gif

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