父の死について

先月末、父が亡くなり、一週間が過ぎました。
これまでの経過を忘れないうちに自分のためにメモとして残しておきます。

父の死因は転倒による硬膜下出血でした。
夕方、外出から帰宅する直前、一緒にいた母によると「急に早足になって」そのあと転倒し、顎を打って立てなくなったそうです。
そのときはしばらくして動けるようになり、顎に痣ができて歯は欠けたものの、翌日は普通に過ごしていたそうです。
しかし、そのさらに翌日、早朝から排尿障害(漏らしてしまう)があり、昼ごろ、検査のために救急車で入院となりました。

検査の結果、左脳に最大2cm厚の硬膜下血腫があることが判りました。

さらに、父は不整脈による血の塊が原因と思われる脳梗塞を以前患っており、予防として血が固まりにくくなるワーファリンという薬を服用していました。
そのため出血が止まらず、私が病院に呼ばれた午後3時すぎには血腫は最大3cm厚にまで拡大していました。

医師からは「脳ヘルニアを起こしている状態」と言われました。
そして、

・血腫を取り除く手術は、全身麻酔で頭蓋骨を大きく取り外すことになる
・取り除かない場合、呼吸や拍動を司る脳幹が機能しなくなれば死に至る
・血腫を取り除いても、脳へのダメージが大きく、リハビリと介護が必要になるだろう
・現状、右脳に大きな脳梗塞のあとがありスカスカになっているため、脳への圧迫に対するクッションとなっている
・血が止まり、かさぶた状になったあとなら局所麻酔で血腫を取り除く手術ができる

という説明を受けました。その上で、年齢を鑑みて、手術をするかどうかお決めください、と言われました。

つまり、手術をして命が助かっても、本人にも家族にも負担が大きい状況となることが予想されるのでどうするか、ということです。

平均寿命はとうに超えている段階で、どうするのがベストなのか。
医師も、患者が50代だったら有無を言わさず手術をさせてもらうところだが、年齢が年齢なので・・・と言われました。

父は臆病な性格で病気も手術も怖い、という人でした。
また、80代になってからは食も細くなり、だいぶ体力が落ちてきていることは以前から感じていました。
おそらく回復力も相当に低くなっているであろうことは予想できます。
さらに、父はあまり人の世話になることを好まず、嫌なことがあっても我を通さずに我慢してしまう傾向がありました。
ですから介護される立場になることは、おそらく相当にストレスになるだろうとも思われました。

結局、私は手術をしない選択をしました。
その夜、血を固まりやすくするために血小板の輸血を受け、翌朝は意識が戻って若干会話することができました。
体も、若干動かすことができました。

会話できたことは医師も驚いていましたが、上記のように脳梗塞による空間があったために、血腫の圧力が逃がされて脳のダメージがやや少なかったのだと思われます。
その後、想定されていたことですが脳が腫れてきて、再び意識が無くなり、今度はもう意識は戻らずにそのまま亡くなりました。

以上が外面的な経過で、ここからはちょっと想像が入ります。

転倒する直前、「急に早足になった」のと、転んだあと立てなかったというのがちょっとひっかかります。
転んだ際に顎の右側を打っていたので、反動で脳が右へおしやられ、その結果左脳の硬膜下の血管がダメージを受け出血が起こった、と考えるのが自然ですが、早足になったのは意識して急いだのか、よろけたのか、他の原因があるのか。
立てなくなったのはおそらく脳震盪ではないかと思います。

24時間以上経って血腫の厚みが2cm、そこから数時間で3cmまで血腫が拡大しているのもやや不可解です。
もしかすると入院して緊張して、血圧が上がったのかもしれません。

そして、翌朝また少し話ができたというのも不思議です。
この時点では血腫は小さくはなっていませんので、CT画像を見ると脳幹もかなり圧迫されていて、周辺の空間がほぼ無くなっていました。
夜のうちに息を引き取る可能性も覚悟していましたので、話が出来たこと自体が奇跡的なことに思えます。

手術をしないという決断が良かったかどうか、今となっては分かりません。

早い段階で入院できたのは、ある意味幸運であり、それを活かしては、という迷いはありました。
結局父は亡くなったわけですから、「あのとき手術をしていれば助かったかも?」と、どうしても思ってしまいます。
特に、2日目にいったん意識が戻ったことから考えると、血腫を取り除いておけば、その後の脳の腫れも乗り切れたのでは、という気もします。
素人考えですが、血腫に浮腫が加わった結果、脳幹がダメージに耐え切れなくなったのではと思うからです。

一方で、手術をしたとしてもやはり亡くなっていた可能性も、過去の統計を見る限りでは大変高いようです。
また、全身麻酔で人工呼吸器をつけての手術をしたとして、そのあとの苦痛を考えると可哀想だとも思います。
人工呼吸器は患者にとっては苦痛が大きいようですし、手術そのもののダメージもあります。
手術していたとしたら、そのあと父と言葉を交わせる瞬間があったかどうかも判りません。

また、幸運にも助かったとしても、それが父にとって幸せかどうかは分かりません。

医師は、過去の症例から考えて、意思疎通ができるのであれば良いほうだ、と言っていました。
残念ながら、元通りの父に戻ることは不可能だったでしょう。
目を覚まさないまま、何年も栄養補給だけで生かされること、長期入院してリハビリに取り組むこと、自宅で寝たきりとなり介護されて生きていくこと、どれも父の性格からして、好ましくないことだったろうと思います。

結局、考えても仕方のないことですし、状況は人によって千差万別ですから、他の方のご参考にもならない話ではあります。
しかし、今回の件を通じて「どのように死ぬのが幸せなのか」あらためて考えこんでしまいました。
ピンピンコロリで苦しまずに、が良いというのも分かります。
一方で、家族に別れを告げたり後々のことを頼むための時間が欲しい気もします。
癌はそういった時間は取れそうですが、心臓病や脳疾患は突然来て、考える間もなく死んでしまいます。
闘病で苦しむのは嫌だけれど、死ぬ少なくとも一週間前くらいには、死期を知りたいなあと思いました。

以上、個人的なメモでした。

コメント

  1. ぼアンコ より:

    初めまして、
    プチコン4の情報を辿ってたどり着き、ブログを拝見しました。
    心中お察しします、自分の父親も年齢が近いのもあって考えさせられました。決定権が本人にあれば悩まずに済んだでしょうに・・・
    いつ死んでもいいように悔いなく楽しく生きたいですね。

  2. boochow より:

    ありがとうございます。
    そうなんです。本人が、入院してから多少なりとも病状を理解し今後について考える時間があれば良かったのですが、今回は突然のことでしたので「父だったらこう望むだろう」と推測で動くしかありませんでした。
    そして「悔いなく楽しく」本当にそう思います。